圓光禅寺の歴史
室町時代に創建。開山(初代住職)滅宗宗興和尚は、中島郡中島城主であった中島蔵人の子として生まれ、矢合一本松にあった円興寺にて出家、柏庵宗意に師事し鎌倉建長寺で修行され、業成って中島郡に帰り室町将軍家の帰依を受け貞和4年(1348年)一宮妙興寺を創建されました。このほかに関東に8ヶ寺を建て、尾張、駿河、近江に接待院を開かれました。
晩年、隠居所とした圓光寺に墓地を定め、永徳2年(1382年)73歳で示寂され、今本堂の西に禅師の墓搭(宝篋印)を伝え天瑞搭と申します。
また、応年33年(1426年)に称光天皇より円光大照禅師の号を賜るなど高徳なお方であります。
尾張の萩寺と言われる由来
圓光禅寺のある矢合地区は鎌倉時代、萩園村という美称で呼ばれていたそうです。
その美称を後世に伝えるために先代が萩を植え始め、今では20種、約200株の萩が境内全体に植えられています。
圓光禅寺の動画


圓光禅寺の概要
名称 萬松山 圓光禅寺(ばんしょうざん えんこうぜんじ)
宗派 臨済宗妙心寺派
所在地 愛知県稲沢市矢合町山屋敷3424
TEL 0587-36-2560
FAX 0587-34-4840